不動産投資ローンの審査と頭金。
「通ること」と「返せること」は別の問題
「審査に通りました」という連絡は、その物件で返していけるという意味ではありません。審査が見ているのは、返済が滞ったときに回収できるかどうかであって、家計が10年もつかどうかではないからです。
この記事では、金融庁が公表している調査から審査の実像を確かめたうえで、これまでの記事と同じ提案書で頭金を0円・200万円・500万円・800万円と変え、月次の手残り・10年の累計・出口で必要な売却価格がどう動くかを並べます。フルローンで買えることが、そのまま有利を意味しないことが数字で見えます。
- 頭金は月々の収支を大きく変えます。この提案書では、頭金500万円を入れると月次はマイナス1,938円からプラス14,369円へ、10年の累計は約23万円の持ち出しから約172万円の手残りに変わります。
- ところが出口で回収に必要な売却価格は、購入価格の82.7%から79.1%にしか下がりません。頭金も回収すべき自己資金だからです。頭金は「月々を楽にする」効果が大きく、「出口の条件を楽にする」効果は限定的です。
- 金融庁の調査では、投資用不動産向け融資について紹介業者経由の融資実行の経験がある銀行が97%である一方、給与明細の原本を確認している銀行は25%、税務申告書の原本は20%でした。審査に通ったことは、提出した数字が正しいことの証明にはなりません。
この記事で使う提案書
- 物件価格
- 2,480万円
- 借入額
- 2,500万円(金利1.9% / 35年 / 元利均等)
- 想定家賃
- 92,000円/月(据え置き)
- 空室率
- 0%
- 運営費
- 12,400円/月(管理費・修繕積立金)
- 月々の返済
- 81,538円
- 月々のご負担
- 約2,000円
借入2,500万円は、物件価格2,480万円に登記・融資関係の費用などを上乗せした金額です。以降で頭金を入れる場合は、この2,500万円から頭金の分だけ借入を減らします。金利・期間は据え置きます。
金利水準の参照:日本銀行「長・短期プライムレート(主要行)の推移」
審査は何を見ているのか
不動産投資ローンの審査は、大きく分けて借りる人の返済力と物件の担保としての評価の2つを見ています。住宅ローンとの違いは、後者の比重が大きいことです。
ここで注意したいのは、審査に通る条件と、その物件で家計が持ちこたえる条件が同じではないことです。金融機関にとっては、返済が滞っても担保を処分して回収できれば損失は限定されます。買う側にとっては、処分して残債が残る事態こそが最大の損失です。同じ融資を、両者は別の角度から見ています。
金融庁の調査でわかる審査の実像
金融庁は2019年3月に、投資用不動産向け融資について金融機関へのアンケート調査の結果を公表しています。個別の金融機関の現在の運用とは異なりますが、この分野の融資がどう組み立てられていたかがわかる公表資料です。
| 項目 | 割合 | 読み方 |
|---|---|---|
| 紹介業者から融資実行の経験がある銀行 | 97% | 融資は販売業者の紹介を通って動いていた |
| 紹介業者との取引開始の要件・基準を設けている銀行 | 14% | 紹介元を選別する仕組みは限られていた |
| 収支シミュレーションを実施している銀行 | 92% | 試算そのものは行われている |
| 給与明細の原本を確認している銀行 | 25% | 写しで審査が進む場合が多かった |
| 税務申告書の原本を確認している銀行 | 20% | 同上 |
同調査では、平成30年9月期の銀行の融資態度についても、積極的1%・自然体9%・消極的25%・実行せず64%と公表されています。2018年前後を境に、この分野の融資は大きく絞られました。
この表からわかることは2つあります。1つは、収支シミュレーションは9割超の銀行が実施していたということ。つまり試算がないまま融資が出ていたわけではありません。もう1つは、その試算に使う資料の原本確認は2割前後にとどまっていたということです。
提出資料を業者が書き換える行為は違法です。住宅金融支援機構も【フラット35】について、虚偽の内容で融資を申し込む行為は犯罪であり、判明した場合は残債務の一括返済を請求すると明示しています。「こちらで書類を作っておきます」と言われたら、その場で止める話です。詳しくは「儲からない」の正体の層1で扱っています。
頭金を変えると何が変わるか
同じ物件・同じ金利・同じ期間で、頭金だけを変えた4通りです。頭金を入れたぶん借入が減ります。
| 頭金 | 借入 | 月々の返済 | 月次の手残り | 10年の累計 | 10年後の残債 | 回収に必要な売却価格 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 0円 | 2,500万円 | 81,538円 | −1,938円 | −232,616円 | 19,460,123円 | 20,513,270円(82.7%) |
| 200万円 | 2,300万円 | 75,015円 | +4,585円 | +550,153円 | 17,903,313円 | 20,159,541円(81.3%) |
| 500万円 | 2,000万円 | 65,231円 | +14,369円 | +1,724,307円 | 15,568,098円 | 19,628,949円(79.1%) |
| 800万円 | 1,700万円 | 55,446円 | +24,154円 | +2,898,461円 | 13,232,884円 | 19,098,357円(77.0%) |
回収に必要な売却価格=(10年後の残債 + 投じた頭金 − 10年の累計手残り)÷(1 − 売却諸費用率4%)。頭金は回収すべき自己資金なので、必要売却価格の計算に含めています。家賃・運営費・金利は据え置きです。
月次と累計の欄は、頭金を入れるほど大きく改善します。頭金0円では毎月1,938円を家計から出し続けますが、500万円入れれば毎月14,369円が残ります。その差は10年で約196万円です。
一方で、いちばん右の欄はあまり動きません。頭金0円の82.7%に対して、800万円入れても77.0%です。頭金を800万円入れても、出口の条件は5.7ポイントしか楽になりません。理由は単純で、頭金として出した800万円も、いずれ回収したいお金だからです。
この見方は、投じた自己資金を回収する前提での比較です。売却時に手元へ戻る金額そのものは、頭金を入れたほうが当然大きくなります。判断するときは、頭金に回す資金を他に使った場合の選択肢と並べて考えることになります。同じ500万円を繰上返済や別の運用に回す選択もあるためです。
フルローン・オーバーローンで起きること
頭金を入れない借り方(フルローン)や、諸費用まで借入に含める借り方(オーバーローン)で起きるのは、残債が物件の価値を上回る期間が長くなることです。
この提案書では、10年たっても残債が約1,946万円あります。売却諸費用を引く前で約2,051万円の値が付かないと、売っても残債を返しきれません。売却代金で返済しきれない場合、その差額を現金で用意しない限り、金融機関の抵当権が外れず売却そのものが成立しません。
| 頭金 | 10年後の残債 | 状況 |
|---|---|---|
| 0円 | 19,460,123円 | 購入価格の78.5%。売却価格がこれを下回ると、差額を現金で用意しない限り売れない |
| 500万円 | 15,568,098円 | 購入価格の62.8%。売却の選択肢は取りやすくなる |
残債は元利均等の閉じた式による計算値です。実際の売却可能価格は物件・時期によって異なります。
フルローンが不利だと言いたいわけではありません。手元資金を残しておくこと自体には価値があります。空室が続いたとき、大規模修繕で一時金が必要になったとき、金利が上がったときに、現金があるかないかで取れる手が変わるからです。頭金を入れない代わりに現金を厚く残す、という判断は成立します。
問題になるのは、頭金も入れず、手元にも現金がない状態です。この場合、毎月の持ち出しは家計の余力から出すことになり、売ろうとしても残債が上回って売れません。この状態を避けるかどうかが、フルローンを選ぶときの分かれ目になります。
借りる前に決めておく3つのこと
| 決めること | 目安の置き方 |
|---|---|
| ① 毎月いくらまで家計から出せるか | 空室の月は返済の全額が持ち出しになります。この提案書なら月81,538円。その月を何か月続けられるかで手元資金の下限が決まります |
| ② 金利が上がったときに続けられるか | +0.5%と+1.0%の2通りで月次を計算します。短期プライムレートは2026年8月3日から年2.375%で、2024年の利上げ前から約1ポイント上がっています |
| ③ どうなったら売るか | 残債が売却可能価格を下回る時期、または累計の持ち出しがいくらに達したら、を先に決めます。買ったあとに決めると判断が遅れます |
①②は収支シミュレーターで計算できます。③の考え方はワンルームマンション売却の判断で扱っています。
よくある質問
頭金はいくら入れるのが正解ですか
一つの正解はありません。この提案書では500万円入れると月次がプラス14,369円になり、10年で約172万円が残ります。ただし出口で回収に必要な売却価格は82.7%から79.1%にしか下がりません。頭金は毎月の家計を守る効果が大きく、出口の条件を変える効果は限定的だと考えて、手元に残す現金とのバランスで決めます。
フルローンで買えるなら、そのほうが有利ではないですか
手元資金を残せるという意味では利点があります。空室・大規模修繕・金利上昇のいずれも現金があるかどうかで取れる手が変わるためです。避けたいのは、頭金も入れず手元にも現金がない状態で、この場合は毎月の持ち出しを家計の余力から出すことになり、売ろうとしても残債が上回って売れません。
審査に通ったということは、その物件が良い物件ということですか
別の問題です。審査は返済が滞ったときに回収できるかを見ています。買う側にとっての問題は、処分しても残債が残る事態です。金融庁の調査では、収支シミュレーションを実施している銀行が92%ある一方、給与明細の原本を確認している銀行は25%でした。
金利は何%で見ておけばよいですか
提示された金利のほかに、+0.5%と+1.0%の2通りを見る方法をとっています。短期プライムレートは2026年8月3日から年2.375%が適用され、2024年の利上げ前の水準から約1ポイント上がっています。すでに起きた幅なので、想定として無理のない置き方です。
業者から書類を用意すると言われました
収入資料や預金残高を実際と違う内容にする行為は違法です。住宅金融支援機構は、虚偽の内容で融資を申し込む行為は犯罪であり、判明した場合は残債務の一括返済を請求すると明示しています。申込者自身が責任を問われるため、その場で断る話になります。
まとめ
不動産投資ローンでは、審査に通ることと、その条件で返していけることが別々に決まります。審査は担保からの回収を見ており、家計が10年もつかどうかは見ていないからです。
頭金の効果も、月次と出口では大きさが違います。毎月の家計を守る効果は大きく、出口の条件を楽にする効果は限定的でした。だからこそ、借りる前に「毎月いくらまで出せるか」「金利が上がっても続けられるか」「どうなったら売るか」の3つを決めておく順番が効きます。
提示された条件のまま、
10年分を計算します
物件を販売しないFP事務所が、金利と期間、頭金の額を変えながら、月次・10年累計・出口で必要な売却価格を並べます。初回診断は、本格的な検証が必要かどうかを切り分けるための時間です。
初回診断を予約する60分・オンライン ¥8,800(税込)この記事の前提と、その出どころ
本文の試算は次の一次情報を参照して前提を置いています。記事中の金額そのものは弊社が置いた仮定値であり、出典元が公表している数値ではありません。統計の数値と制度の内容は、各出典元の公表資料によります。
- 紹介業者経由の融資実行の割合、取引開始の要件・基準の有無、収支シミュレーションの実施率、給与明細・税務申告書の原本確認の割合、融資態度 … 金融庁「投資用不動産向け融資に関するアンケート調査結果」(2019年3月)
- 虚偽の内容による融資申込みと、判明した場合の一括返済請求 … 住宅金融支援機構「【フラット35】の不適正利用に巻き込まれないために」
- 短期プライムレートの現在値(2026年8月3日適用) … 三菱UFJ銀行「短期プライムレート」
- 借入金利の推移と、+0.5%・+1.0%という幅の置き方 … 日本銀行「長・短期プライムレート(主要行)の推移」
- 不動産所得の計算と必要経費 … 国税庁 タックスアンサー No.1370「不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)」
- 不動産所得の損失のうち土地等を取得するための負債の利子に相当する部分は損益通算の対象外 … 国税庁 タックスアンサー No.1391「不動産所得が赤字のときの他の所得との通算」
- 譲渡所得の税額の計算(長期・所有期間は譲渡した年の1月1日で判定) … 国税庁 タックスアンサー No.3208「長期譲渡所得の税額の計算」
出典の確認日:2026-09-08
本記事の試算はいずれも一定の前提に基づく概算であり、収益・売却価格・融資条件・税額を保証するものではありません。実際の数値は物件・地域・金融機関・時期によって異なります。個別の税務判断は税理士に、法務判断は弁護士・司法書士等の専門家にご確認ください。最終的な投資判断はご自身の責任において行ってください。
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